誰がため』誰がため

何のために戦うのか. 誰がために戦うのか. 出世のためか、愛国心のためか、憎悪のためか、正義のためか、家族を守るためか. それとも猜疑心のためか. 実話を基にナチスに協力する売国奴暗殺に身を投じたフラメンとシトロンの2人を描いたこの映画はどんな戦争にも正義も意味もなく、ただ人の心を悲しくさせるだけということを静かに伝えてくれる作品でした. ドイツ北隣の国デンマーク. 海を挟んでスウェーデンやイギリスと面する小国家デンマーク. その位置関係からも大国の思惑に翻弄されながらも、第2次世界大戦で最も苦しみの歴史を歩んだ国家の一つだったことでしょう. ですから「あの日を覚えているか」で始まる実録映像と共に始まるOPは、あの戦争がいかにデンマーク国民の心の奥深くにまだ癒えぬ悲しみとして残っているかを象徴しているんだと思うんですよね. しかもこの映画で描かれているフラメンとシトロンは別に軍人でもなければ、大きな政変を起こした革命家でもなく、ただ売国奴暗殺という内地の最前線で自らの手を汚していた2人. 生きている間に国家や国民から崇められたりされなかった2人. 仲間に守られることもなくフラメンは服毒自殺し、シトロンは銃殺されるという悲しい結末を迎えた2人. そして守るべき女性に売られ、守るべき家族を失ってしまった2人. そんな戦争によって人生の全てを狂わされた2人の言葉に表せれない苦悩を見ていると本当に悲しくなるんです. 本当に戦争がただ虚しく見えるのです. 例えば家族を守るために仕事を辞めてレジスタンスに入ったシトロンは、初めての暗殺失敗や娘の誕生日ケーキさえ買ってやれないがために犯した強奪の末に辿り着いた結果が、その守りたかった家族を失ってしまうという虚しさ. また正義のために暗殺を繰り返してきたフラメンも標的者から「猜疑心」という言葉を聞いてしまってからは、愛するケティを信じればいいのか、上官のヴィクターを信じればいいのか、そもそも正義とは何かに戸惑い、その結果裏切り者が誰かをも判別できずにケティに売られてしまうという悲しさ. 家族を守りたい. 正義を守りたい. その思いで戦う道を選んだにも関わらず、ナチスに降伏してただ生きるのではなく生きるために存在するために戦う道を選んだにも関わらず、守りたい家族や守りたい正義を失ってしまった2人. しかしそれでも自暴自棄になることなく、家族を守るため、正義を守るために戦いの道を選び続けた2人. その虚しいまでの苦悩を思うと、戦争は戦いに挑む人の「初心」までをも「猜疑心」で変えてしまう恐ろしいものなんですよね. ですから恐らくフラメンやシトロンと同じ思いでスパイ活動に身を投じたはずのケティも、戦争に関わるうちに「猜疑心」で「初心」を忘れてしまったのだと思うのです. そんな彼女だからフラメンの「初心」を記した「あの日を覚えているか」の手紙は心の奥深くにまで響いたことでしょう. 彼女が90歳代で亡くなるまでフラメンのことを話さなかったのも、そんな彼女なりの贖罪ではないかと思いました. そして悲しくもフラメンとシトロンの苦悩と信念を一番理解してくれたのが、ナチス撹乱のためにデンマークレジスタンスを支援してくれたイギリスでも、そのレジスタンスの上層部でも、シトロンが守りたかった家族でも、フラメンが愛したケティでもなく、最も排除したかったゲシュタポのリーダーであるホフマンということも、戦争がもたらした悲しみ. この世界に「正しい戦争」など存在しないことを痛感した映画でした. 深夜らじお@の映画館 はこういう歴史に埋もれた英雄たちの映画に敬意を示します.